お盆の終わり、そして終戦記念日

江戸後期には細川藩家老が御三家長岡氏率いる代官職をつとめ、一帯の治水利水利権をむさぼり、隆盛を極めたかの一族も、天皇の御代になって『これからは農業より事業よね!』と、世間知らずの坊ちゃんが事業に手を出したが最後でして、したたかな世間様にすっかりむしりとられ、大正の時代には落ちぶれて、それでも昔の光でなんとか体面を保っていたのが、第二次世界大戦で完膚なきまでにトドメさされてしまったとさ。

土地こそ残ってますがね、大名別邸と見間違えるほどの本宅もでっかい石のあった滝のある庭園も、今は影も形もありません。仏間だった寺とか門とか神社とか古文書とか、どんな価値があるか知れたもんじゃない骨董品が残ってるだけ。本家も兼業農家でサラリーマンです。私んちもサラリーマン。

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす


だよなー。まったく。

それでもお盆の行事は昔風、めんどくさいというより、数が多い。お参りする墓の数も、挨拶してまわる親戚の数も、4代前にヨメに来た誰とかさんの出身の、なんとか家まで挨拶に行くんですから。分家と言っても、そこそこ本家に近い、当主の腹違い兄弟筋なもんで、私ことヨメはお土産運び係で挨拶回りについて行く。昔々の奉公に来てくれていた筋のおうちの子孫の方々にも挨拶をしにいく。私ことヨメはやっぱり家刀自様の荷物持ちでお土産持ってついていく。セミが鳴くよ、じゃわじゃわじゃわ。



ですが、どこんちがどういう筋でどうつながっているなんて覚えちゃいません。戦前の記憶が残っている長老がたが亡くなれば、たぶん、そんなとこまで(今ではすっかり赤の他人ですし)挨拶に行くなんてこたーなくなるでしょう。なんとか様の御当主の乳母筋で、とか年配の方がたこそ言ってくださいますが、若い世代にとっちゃそんなもん、何ソレ? ですよ。身分なんてもう関係ないし。


たぶん、私たちで最後の世代だろうなあと思います。


しょせんヨメですから、私だってそんなもんどーでもいいと思うんですがね、ご当主様はそれが寂しいらしい。ご当主様つーても、ふつーのサラリーマンですから。私はそんな昔の戦前の事でありがたがられてもちっとも嬉しくないんじゃないかと思うんですがね、乳母日傘の坊ちゃんとして育った人は、忘れられないんでしょう。でも、もう身分制度はないんです。もう、これでおしまいにしましょう。そういうご当主様も90歳越えてますし、次期様ももういい年のおっさんで、科学技術部長はハラの出た狸親父、うちの手下1号はひょろひょろの若造でみんなみんな庶民です。


ようやく今年のお盆が終わりました。
やれやれ。
正月は挨拶だけで墓参りがない分ラクチンです。
年寄りが生きているうちは年寄りの希望につき合って行こうと、そのくらいは思います。
でも、次世代からはカンベンですわ。




e0147757_0522440.jpg
e0147757_0523913.jpg


思ったよりみんなに丁寧にあつかわれているゴーペンさん。
ダンゴもくずもちも挨拶代わりに押し倒しするが、落としません。
なんか意外。









これからもどうぞよろしく
にほんブログ村 鳥ブログへ
[PR]
by dangobird | 2009-08-15 00:54 | ボタンインコ

のんびりボタンインコとの暮らし
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31